現在関心のあること


簡潔に言えば,物質の電気伝導と光学応答について理論的に理解を深めたい,というのがすべての研究の動機になっています.何をするかといえば,対象とする物質の電子状態を調べモデル化し,それを用いて電磁場が存在する場合の電子の運動を量子力学的に解く,ということになります.どこにオリジナリティを持たせるかは人それぞれですが,手っ取り早いのは対象とする物質を,新しく発見されたとかこれまで詳しく調べられていないという観点で選択することでしょう.現在,我々のグループでカーボンナノチューブ・グラフェンの光学応答・輸送現象を主に扱っているのは,これまでの経験がいかせるということも理由のひとつですが,興味が持たれていて未解明の現象が見つけやすいことによっているのだと思います.

グラフェンとは炭素原子を構成要素とする蜂の巣格子による2次元構造であり,これを積層するとグラファイト(黒鉛),円筒状に丸めて繋げるとカーボンナノチューブとなります.このグラフェンがどうして面白いかというのを突き詰めると,単一元素から構成される蜂の巣格子である,ということに到達します.固体物理で結晶格子について学ぶとき,ブラベ格子でない格子の典型例として,必ずと言っていいほど,この蜂の巣格子が挙げられます.ここで,副格子構造を持ちそれらを入れ替えても格子構造は不変であることを考慮して電子の運動の長距離(低エネルギー)的な振る舞いを考えましょう.電子の存在する場所を単位胞の位置で指定すると,それ以外に.副格子のどちらに存在するかということを反映した2成分の自由度をモデルに持たせる必要が生じます.つまり,量子力学によれば電子の運動はシュレディンガー方程式で記述されますが,その波動関数はスカラー関数(ここで,スピン自由度は無視しましょう)であるのに対して,グラフェンにおける電子の場合,その周期ポテンシャルによるブロッホ状態を記述するには2成分波動関数を持つ方程式が必要となります.

さらに,低エネルギー状態に話を限定すると,この2成分はベクトルではなく,スピノールという変換則に従う(擬似的な)スピン自由度とみなせることが明らかになります.その方程式自身はよく知られており,ニュートリノに対するワイル方程式というのが歴史的には正しい呼び名です.ですが,多くの場合,質量ゼロのディラック方程式と呼ばれています.どちらにしてもその内容は同一で,相対論的量子力学における粒子の従う方程式であり,擬似的なスピン自由度を有する質量ゼロの粒子が固体中で実現したことになります.この質量ゼロのディラック粒子が示す電磁応答における様々な異常な振る舞いが理論的に予言,あるいは,実験的に立証されていまして,その複雑な挙動をこれまでの常識で理解することは困難であることから,注目を集め,既存の系では実現が困難であるようなさまざまな可能性が模索されているということです.



卒論・修論テーマの決め方


以上に述べたように,最近ホットなグラフェン・ナノチューブを面白がって研究している,というのが実情ですが,これが今後も中心的テーマであり続けるとは,必ずしも,考えていません.過去のメンバーの卒業・修士論文テーマを見てもらえばわかります通り,テーマは多岐に渡ります.半導体における量子輸送現象,光物性などの分野では,何か新しいことはできないかと常に模索していますし,実際,テーマとして取り上げています.しばらく遠ざかっていますが,高温超伝導体や磁性体などのモデルとなる強相関電子系や量子スピン系の話も興味を失ったわけではありません.何らかの分野にこだわりのある人が来れば,できるだけそれを尊重したテーマを見つけるよう努力します.

卒業論文のテーマを決めるには,まず.何をやりたいかという希望を示してもらいます.独力でテーマを見つけ出すことは難しく,希望に沿うテーマをこちらからいくつか提示してその中から選ぶというのが一般的です.希望が具体的であればそれだけ見つけやすくなるでしょう.具体的な提案がなければ,こちらから思いつくテーマをいくつか提案していきますので,その中から選ぶことになるでしょう.おおざっぱな希望も特にないということであれば,こちらから与えます.多くの人は,頑張って,勉強してきて分野を決めてきますが,何でもやりますという人もいれば.なるべく楽なテーマを下さい,という人もいました.

どちらが理想的かというのは,何を価値判断基準とするかで大きく異なります.自分で分野を選べない学生は,概して事前調査が不足しているせいか,結果がでるまで長い時間を要する傾向があります.しかし,分野を自分で選ばなかったことが原因で,結果の学術的意義が下がるというような相関は今のところありません.自分の希望に従ってテーマを設定して研究を進めても,こんなはずではなかったと,落胆することもあり得ます.もちろん,自分が最初に興味を持った内容に沿ってテーマを決めて,きっちりと結果を揃え,最終的に学術的発展に貢献できるのが,鈴浦の理想とするところです.

しかし,最低限クリアすべきなのは自ら結果を出すという部分だけで,あとは柔軟に対応いたします.ひとつの研究を完了させるにはさまざまなプロセスがあって総合力を問われますので,様々な能力を高める必要があります.物理学を背景とした研究を行いますので物理の理解を深める努力をするのは当然です.学者を目指すのであれば,テーマを選ぶ能力が重要ですので新しい価値を創造することに精進すべきですし,基礎研究より製品開発・製造に関わることを志向するのであれば,設定した目標に期日までに確実に到達し,その過程に不具合がないかを綿密にチェックするという部分を意識して,そのコツをつかめるよう努力するのがいいと思います.個人の人生設計に依存して将来必要とされるスキルは異なりますので,力を入れる方向に偏りがあっていいでしょう.

研究を一通り経験すると,自分が何を楽しくできるか,何が得意なのか,逆に,何が苦痛で何が下手なのか,色々なことが見えてきます.楽しいことと得意なことには相関があると思いますけども,苦痛だけども速くできること,楽しいけどもうまくできないこともあるという事実に気が付くことはよくあります.苦手で時間がかかるような難題に遭遇した場合,それがその学生にとって当面必要のないスキルを必要とすると判断すれば,こちらで梯子を掛けてでも乗り切れるよう配慮し,得意分野に時間をかけて力を発揮してもらうよう努めています.

研究室によっては明確な目標があって,それを念頭に,君はこれをあなたはそれをというように細かくテーマ設定がなされ,テーマや研究手法の選択に頭を使う余地がないという状況もあるでしょう.そういう場合,各個人のテーマは非常に特殊なケースを扱っているとしても,大きな目標を共有しつつ,自分は与えられた課題をいかに効率的にこなすかということに専念できるのかもしれません.やりたいことがはっきりしていてその興味が一致していればその研究室に行くべきです.そのような研究室運営を目指すべきだと説かれたこともありますが,残念ながら,鈴浦にはそれは出来ていません.グラフェン・ナノチューブも,その物性を徹底的に解明したいという気持ちを持つことはできますが,そんな壮大な目標を設定して幸せになれるとは思えませんし,それを達成する力もありませんので,特定のテーマに対象を絞るということは今のところ考えていません.むしろ,対象は何であってもよくて,物質の示す特性を自分の頭の中で考え計算したことでだけで再現できる,ということに驚き感動できるのが物性理論の醍醐味だと思って研究していますので,それに伴う苦労を覚悟しながらも,そういう楽しみを求める人をお待ちしています.



研究テーマを決めるためのヒント


研究室配属前の段階では情報の入手先は限られるでしょう.科学雑誌,例えば,パリティや数理科学などを,理解できるかどうかは別として,興味を持って読めるという人なら業界でどのようなことに関心が集まっているかを知ることは,学部生でも,可能ですし,それらを継続的に読むことでテーマ選択の幅が広がるというか,むしろ,焦点が絞れると期待します.

岩波の科学,日経サイエンスにも物理関連の記事がたまに扱われます.

物理学会誌は,専門的な内容も多いのですが,数式を全部読み飛ばしても,何が問題になっているかぐらいは学部の学生でもつかみとれると思います.2年以上前の記事はオンラインで読めます.自分が学生の頃,図書館に籠って暗い書庫でページをめくっていたことを思い出すと,便利な世の中になったと思います.

大学院生になったら,アカデミックな研究者を目指すのであれば,以下のプレプリントサーバーに投稿される原稿を毎日チェックすべきです.世界中のどこからでも研究の動向がチェックできますし,何が問題となっているかを把握し,ここから研究テーマについてのヒントを掴むことができるでしょう.

次の文は研究者としてテーマ選択はどうあるべきかを説くものです.耳の痛い話ですが,こうあるべきだと思います(翻訳ページがリンク切れになってしまいました:20111001).


参考までに古い文章も残しておきます.