研究室配属を希望する人へのガイド(2005年4月)はじめに当研究室(物性物理工学研究室)は北海道大学大学院工学研究科応用物理学専攻に,学部は工学部応用物理学科(今年度の新入生から応用理工系学科応用物理工学コースに改組されました)に属します. 教育を担うスタッフは明楽教授,浅野助手と私の3名です. 3人とも専門は物性理論なので,実験はしないということは重要な情報です.ご注意ください. それぞれがどのような研究をしているのかは個人のページを参照していただくとして,ここでは鈴浦の指導の下で研究を行うことを考えている学生の方を想定して説明を行います. 物性理論研究の一例物性理論とは物の性質を理論物理学的に研究する学問ですが,その中でも特に,電子の量子力学的運動に興味があります. 具体例を挙げると,近年のナノテクノロジーの最先端で重要な役割を担う物質としてカーボンナノチューブという物質があります. カーボンナノチューブは炭素原子が規則的に配列して円筒面を構成した物質で,その構造に依存して金属にも半導体にも成りうるという特異な性質を有しています. 金属ナノチューブの電気伝導性を理論的に解析したところ,不純物や格子振動による伝導電子の散乱確率は非常に小さな値となることを明らかにしました. 実験的にも電流密度で比較した場合に銅線より大きな電流を流すことが可能であると言う報告が実際になされており,カーボンナノチューブはナノデバイスの重要な構成要素として大きな注目を集めています.これはひとつの成功した結果の例ですが,具体的な作業手順は次のようなものです. まず,電子を荷電粒子とした時の電気伝導率を計算するために,カーボンナノチューブの電子状態を求める必要があります. 何をするかというと,蜂の巣格子による周期ポテンシャル中の電子のシュレディンガー方程式を解いてエネルギーバンドとその固有関数を求めなければなりません. 電気伝導率を求めるには様々な方法がありますが,例えば,久保公式とよばれる表式を用いると量子力学的な電流演算子の相関関数を計算して熱力学的な平均値を計算するという手順になります. 物性理論研究に必要なものこの話から明らかなように,私と研究を進める場合,量子力学,統計力学,固体物理学の手法を多用することになるでしょう. どのような研究対象を選ぶにしても,物性理論研究を行う限り, 学部レベルの数学・物理の基礎知識は必須である, と言えます. これは,学んだ内容を理解して使うことができるという事であり,テストの成績が良くなければならないという意味ではありません. 研究をする過程で,何かを参照してはならないという決まりはありませんし,時間制限があるわけでもありません. 公の事実は何を参照・利用しても構いません. 論文提出にはもちろん締め切りがありますけども,ひとつの計算に十分に長い時間を費やすことが可能です. 計算間違いが頻発しても,入念なチェックを繰り返すことによりそれを回避できますから,辛抱強く計算を実行し続けられる人が向いています. 頭の回転が速くて計算をすばやく実行できたとしても,単調な作業の連続には飽き飽きするとか,また,長時間にわたって数式を扱うことを生理的に受け付けないというような人などは,私の指導の下で研究を遂行することは難しいと思われます.研究の現場において,少なくとも指導教員は,知識の出し惜しみをするなどということはないはずですので,多くの事を独力で学ぶよりずっと速く吸収できます. 同時に,一人の人間の持つ知識量は限られており,その理解の手順も人それぞれですから,指導教員とは別の意見を近くで求めることができるということも忘れてはいけません. 知る限りのことをすべて伝えられたとしても,それだけでは充分ではありません. 研究とは,簡単に言えば,誰も答えを知らない問題を解くということですから,当然のことながら,指導教員にも結果がどうなるかわかりません. もちろん,何らかの当てがあって取り掛かりますから,期待される結果は持ち合わせていますが,そうならないこともしばしばあります. むしろ,その方が多いかもしれません. 研究の結果を求める過程には,必ずどこかに困難があり,その問題を非自明なものにしていて,何らかの対策をたててそれを乗り越えなければなりません. 気の利いたアイデアで回避できることもあれば,力技で乗り切る必要があるかもしれません. このような問題解決に苦痛を感じずに作業を続けることができる人はまれです. 試行錯誤の連続であったり,何をして良いか分からず途方にくれることもよくあります. まさに暗中模索ですので, 楽観的,かつ,忍耐強いこと が求められます. 物性理論研究を経験するということ厳しい面を多く強調したかもしれませんが,問題が解決した時の快感は他には変え難い素晴らしいものです. 物理学は実証科学ですから実験で検証されて初めて正しいかどうか判断されることを忘れてはいけませんが,物理学の基本的な仮定だけから,特別な場合かもしれないけれども,物理現象を自分の計算結果だけから予言できる,ということに喜びが感じられれば物性理論研究を卒業研究として選ぶことを考えてみる価値はあると思います.物性理論の研究を経験することは,社会に出ても無駄にはならないと信じています. 世の中,ものを右から左に動かすといった作業で多くの商売が成立していますが,日本は資源の無い国ですから,この国で生きていこうとするなら,あるいはもっとグローバルな立場から考えても,何か新しいものを生み出すということは常に重要な課題である筈です. そのような何かを生み出すという作業には,解決されなければならない問題が必ず付随します. この時,与えられた条件下で論理的に導かれる結論が何かをまず探るということは,闇雲に試行錯誤を繰り返すより,実は問題解決への近道であるということはよくあります. このように論理的な思考ができる人はそれ程多くないというのが私の印象ですので,物性理論研究を経験することで論理的思考力が鍛えらた人には,その後の人生で必要とされる場が必ずあると思います. 論理的に考えるということは不確かな意見に惑わされないということではありますが,人の話に耳を傾ける事は重要です. 思考が行き詰まり困難に直面した時,多くの場合,正しい道からそれたところで思考は袋小路に陥ります. そこから抜け出すのに他人の助言が役立つ可能性は非常に高いといえます. 物性理論の研究は自分の頭と手を動かし,多くの場合計算機を活用することになりますが,他人の頭も大いに利用してください. 議論することにより困難が打破されることは少なくありません そのために 他人と意思疎通が取れること が非常に大切です. 少なくとも,私は議論するということを重要視していますので. できる限り自分ひとりで閉じこもって思考し続けたいという人は,研究に向いていないということはありませんが,ご遠慮願います. 議論とは,自分の考えをはっきり述べ,他人の意見を聞き入れ良い点を取り込み,誤りを的確に指摘し,自分の誤りを素直に認め考えを修正する,という作業の連続です. このような能力は訓練することにより,確実に進歩します. 今の時点で上手に議論できることを期待はしませんし,徐々に慣れていくはずです. そのような経験を経て,論理的思考力を身に付け,人とのコミュニケーションを上手く取ることのできる社会人として卒業し,世の中に溢れている数多くの問題解決の必要な場で活躍されていくことを期待しています. もちろん,狭い意味の研究者もそのような社会人に含まれると考えています. 4年生の場合今年度(2005年),物性物理工学研究室では明楽教授が2人,私が2人の計4人の4年生を受け入れる予定です. 指導教員は受け持つ学生の研究について一切の責任を持つということになっていますので,最初からその関係を明確にして,研究に向けての下準備を早い段階から行うということがよいと考えています. ですから,配属を決める前に,個人的に各教員を訪問して話をすることを強く推奨します. 相性が合わないということはありうることで,そういう組み合わせで仕事をすることになればお互いに不幸です. 教員の側からそれを感じることはまれですが,学生の方は慎重になるべきです. 幸い,今年の4年生は固体物理学Iで半年間お付き合いしましたから雰囲気はわかると思いますので,ある程度は判断できるでしょう.指導教員をすぐに決めるからといって,それ以外の人と議論することを妨げるものではありません. 前にも述べたように,むしろ,色々な人と議論することを奨励します. 明楽,浅野の両先生は身近な相談相手として世話になることが多いでしょう. 他の研究室の先生に意見を伺うこともあるかもしれません. ただし,指導教員以外の人はあなたと議論する義務はありませんのでご注意を. 学生同士の議論も有益なはずです. 自分の理解度を試したければそれを人に説明してみて下さい. 知っているつもりでも上手く説明できないことはたくさんあると思います. 4年生に進級した時点で研究とは何か実感できる人は非常にまれです. 研究のための下準備の勉強もやり方を少々変える必要が生じます. 3年生までの講義では,確立された事実を,習うより慣れろ,というやり方で見よう見まねで習得することが可能でした. 研究では手本となるようなものはありません. そのようなものがあるとしたら,そこから新しい道は開けませんから,研究にはなりえません. 既存の手法を総動員して,あるいは,新たに道具を開発して道を切り開いていかねばなりません. この時,式変形一つ一つの正しさは自分以外の誰も保証してはくれません. 自らの論理的思考能力のみが頼りです. ですから,勉強する際は本を眺めながら納得するのではなく,出発点の式をノートに書いて,自らの頭を使って計算し,得られた結果が一致しているという手順を着実にこなす必要があります. 4年生にとっては卒業論文を提出して発表することが山場ですが,1年で物性理論研究における新しい結果を得ることは非常に困難です. そこで,修士課程の2年間まで含めた3年間でひとつの研究を仕上げる期間として想定します. 卒業論文ではある研究テーマの準備段階として予備的な結果をまとめ,修士の2年間で本格的に研究に取り組むという手順です. もちろん,大学院に進学するには試験がありますので,それに合格するための準備と研究の準備が兼ねられるような課題を最初の半年で消化する必要があります. 日常生活では週に1回程度進捗状況を報告してもらう事以外,特に求めることはありません. 生活は朝型でも夜型でも構いません. ただし,長期に休みを取る場合以外は大学で研究を行って下さい. 繰り返し述べているように,議論することを重要視しています. 特に研究が進んでくると,こちらから状況を尋ねる機会が増えると思いますので,私の大学における滞在時間とあなたの滞在時間の重なりがなくならないように努力してください.
進捗状況の報告がどのような形式になるかはケースバイケースですが,以下の河東泰之氏によるセミナーの準備の仕方に関する記述は大いに参考になります.数学を専門とされている方のようですが,物性理論研究にも大部分が当てはまることです.
ただし,計算機を使った作業は実験のような側面がありますから,すべてがそうだとは言いません.
3年間という期間は,たとえ,一から学んだとしても,大抵の研究を行うには充分な長さです. 特に,卒論提出までの1年間は皆さんが大きく進歩する時で,毎年,その成長に驚かされます. その道中で私はたびたび介入しますけども,その進歩は本人の努力の賜物です. 物性理論に興味を持ち,やる気に満ちた方をお待ちしております. 大学院生の場合物性理論を行うということで4年生と区別は特にありませんが,大学院生になったら自分が取り組むテーマに関しては世界の最先端に立つ努力を常にしていく必要があります. 研究とは世界の誰も知らないことを明らかにするということでしたから,必然的にそうなります.当研究室では,修士課程試験合格者選抜時に北大応用物理学科出身者を優遇するということはありませんし,当研究室出身者も同列に判断します. ただし,4年生から研究を続けている者と比較すれば,1年は大きなハンディとなることは否定できません. しかし,1年間遊んでいたわけでもないでしょうしからそこで得た何かが役に立つこともあるでしょう.努力すれば2/3の期間で同じことを達成することは充分に可能だと思います. こちらも,やる気に満ちた方を広く歓迎します.
博士課程進学するということは,研究のプロを目指すということです.
これに関して,王道と呼べるものはありませんので,ひとつの考え方として以下の小川哲生氏の研究室ホームページを紹介します.
実は小川さんは私が大学院時代所属していた研究グループの大先輩のひとりで,研究の興味も大きく重なっていますので,その面でも参考になります.
ここで述べられている博士課程大学院生,ポスドク研究者の心構えは,大げさの記述と感じるかもしれませんが,事実と考えて差し支えありません. 小川さんの言うとおりのことが実行できれば,立派な研究者になる素質があり,実際なれると思います. ちなみに,私がどうだったかと言えば,そういう基準で点をつければ落第です. 365日馬車馬のように働くことが必要条件ではないと思いますが,研究者になるには未知の結果をひとつずつ明らかにしていくということを繰り返す他ないということは確かです. 明らかにした結果のうちひとつでも多くの人が面白いと感じて,それをやったのは自分であると知られるようになった時,そこから道が開けていくという場合が多いような気がします. つまり,結果を出すということは必要条件のようですから,問題を上手く選びつつ,着実に成果を上げる努力をするということでしょうか. こちらも本人の努力次第ですので,やる気のある方の進学を奨励します. ページの移動にはロゴをクリックするか,ブラウザの戻るボタンをご使用ください. |
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